この記事では、UDLを理論として整理し、その背景や三原則、目指す学習者像を明らかにするとともに、立命館小学校の算数実践を通して、UDLが現場でどのように機能しているのかを解説します。
はじめに
「理解できないのは、その子の努力が足りないからでしょうか。それとも、授業の設計に問題があるのでしょうか。」
授業に向き合っていると、このような問いを抱く場面は少なくありません。同じ授業を行っているにもかかわらず、理解が進む生徒と、そうでない生徒が生まれてしまう現実があります。これまで私たちは、その差を個人の能力や意欲の問題として捉えてきたのではないでしょうか。
UDL(Universal Design for Learning:学習のユニバーサルデザイン)は、こうした前提そのものを問い直す理論です。UDLは「配慮の方法」や「工夫の集積」ではなく、脳科学や認知科学に基づいた学習デザインのフレームワークであり、学べない理由を学習者個人ではなく、カリキュラムや授業の設計に求める視点を提供します。
本稿では、UDLの理論的背景を整理した上で、筆者が今年見学した立命館小学校の算数授業におけるUDL実践を重ね合わせ、理論と実践がどのように結びついているのかを考察していきます。
UDLが生まれた背景と理論的基盤
UDLは、1990年代後半にアメリカの研究機関CASTによって体系化された学習理論です。その背景には、障害のある学習者が学びにくさを感じる原因が、本人の能力ではなく、教材や授業設計にあるのではないかという問題意識がありました。
UDLの出発点は、建築や工業デザイン分野で発展してきたユニバーサルデザイン(UD)の思想にあります。UDは、「平均的な人間」を想定した設計そのものが、多くの人にとって障壁を生み出していることを指摘し、多様性を前提とした設計の必要性を示してきました。UDLはこの考え方を学習に適用し、すべての学習者が同じ方法で同じように学ぶという前提そのものを問い直します。
CASTは、認知神経科学の知見をもとに、人間の学習を三つのネットワークから捉えました。すなわち、情報をどのように理解するか(視覚・聴覚など)という認知のネットワーク、どのように行動し表現するか(書く・話すなど)という方略のネットワーク、そして何に動機づけられるか(目標・興味など)という情意のネットワークです。学習者はこれらの側面において本質的に多様であり、「同じ教え方」が「同じ学び」を生むわけではありません。
UDLの三原則とその意味
こうした学習観をもとに、UDLは三つの原則を示しています。
第一に、「提示(理解)のための多様な方法」です。これは、学習内容を文字情報だけに限定するのではなく、図、音声、映像、構造化された資料など、複数の形で示すことで、理解への入口を広げるという考え方です。
第二に、「行動と表出のための多様な方法」です。学習者が理解したことを示す方法は、記述だけに限られません。説明する、話す、図で表す、ICTを用いるなど、表現の選択肢を用意することで、思考の過程そのものを評価対象とすることが可能になります。
第三に、「取り組み(関与)のための多様な方法」です。学習意欲や動機づけには大きな個人差があります。目標の明確化、挑戦レベルの調整、安心して失敗できる環境づくりなどを通して、学習への関与を支援することが求められます。
重要なのは、これら三原則が単なるチェックリストではなく、学習全体を構造的に設計するための枠組みであるという点です。UDLは部分的な工夫の積み重ねではなく、授業全体の設計思想として機能します。
UDLが目指す「学びのエキスパート」
UDLの最終的なゴールは、すべての支援を常に用意し続けることではありません。CASTは、UDLの到達点を「学びのエキスパート」と表現しています。
学びのエキスパートとは、学習の目的を理解し、自ら学習方法を選択し、必要に応じて調整し、学びを振り返ることができる学習者のことです。これは、日本の学習指導要領で示されている「主体的に学びに向かう力」とも強く重なります。
UDLは、支援を恒常化する理論ではなく、支援を徐々に手放しながら、学習者が自立していくプロセスを設計する理論であると言えるでしょう。
立命館小学校算数授業に見るUDLの具現化
今年、筆者は立命館小学校を訪問し、算数授業におけるUDLの実践を見学する機会を得ました。そこでは、UDLが理念として掲げられているのではなく、授業設計の前提として自然に組み込まれていました。
5年生の学級は約35名で構成されており、学習に困難を抱える児童が一定数存在する一方で、中学受験を見据えて既習内容に取り組む児童も多く在籍していました。学力差が大きいという点で、UDLの有効性が最も厳しく問われる環境であったと言えます。
分数のたしひきの授業では、導入段階で学習内容とゴールが明確に示され、説明の後は自由進度学習が中心となっていました。児童は配布されたプリントやICT教材を用いながら、自分の理解に応じたペースで課題に取り組んでいました。確認テストの時間も事前に提示されており、学習の見通しが十分に保障されていました。
授業後の振り返りはPadletを用いて行われ、児童は自らの学びを言語化して共有していました。操作に戸惑う様子はほとんど見られず、振り返りが日常的な学習文化として定着していることがうかがえました。
実践に見る三原則の具現化
この算数授業をUDLの理論に基づいて読み解くと、三原則が自然に満たされていることが分かります。
多様な提示という点では、プロジェクターによる説明、構造化されたプリント、既習事項の復習が組み合わされていました。多様な行動と表出という点では、計算、説明、振り返りといった複数のアウトプットが用意されていました。多様な関与という点では、自由進度による選択、挑戦的な課題設定、達成感を伴う確認テストが、学習意欲を支えていました。
これらの工夫は、特定の児童への個別配慮として行われているのではなく、すべての児童にとって学びやすい設計として機能していた点が印象的でした。
成績向上という結果が示すもの
事後の検討会では、UDLの実践を続けてきた結果、高学年で見られがちであった学力低下の傾向が改善され、成績の向上傾向が確認されているという報告がなされました。これは、UDLが「やさしい授業」を目指す理論ではなく、学習成果を高めるための設計理論であることを示しています。
支援を手厚くすることと、学習の水準を下げることは同義ではありません。UDLはゴールを明確に固定し、そこに至るルートを複数用意することで、すべての学習者を学びに参加させます。
教員に求められるマインドセットの転換
UDLの導入において最も重要なのは、具体的な技術や手法そのものではなく、教員のマインドセットです。教師は知識の伝達者から、学びをデザインし、支援する存在へと役割を転換していく必要があります。
授業がうまくいかないと感じたとき、「生徒ができない理由」を探すのではなく、「学習のどこに障壁があるのか」を問い直すこと。この視点こそが、UDLの核心であると考えます。
おわりに
UDLは、決して特別な理論ではありません。しかし、その前提にある学習観は、従来の学校教育の在り方を根本から問い直す力を持っています。
立命館小学校の算数授業で目にしたのは、理論が現場で機能している確かな姿でした。UDLは理念や流行語ではなく、学びを成立させるための現実的な設計思想です。
理論と実践を往還しながら、目の前の子どもたちにとって最適な学びの在り方を問い続けること。それこそが、これからの教育に求められている姿勢ではないでしょうか。



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