はじめに
2026年10月より、高校2年生の数学の学習支援として、AIチューター「Knock」を導入しました。
導入の目的は、新しいICTツールを授業に取り入れること自体ではありません。私が目指しているのは、生徒一人ひとりが自分の理解度に応じて学習を進める「複線型の学び」です。教師が決めた一つの進度に全員が合わせる一斉授業に対し、生徒ごとに異なる学習の道筋を認める、という考え方です。
数学では、理解度も問題を解く速さも生徒によって大きく異なります。一斉授業のなかで全員に適切な支援をするのは容易ではありません。この課題に対し、AIチューターが一つの答えになり得ると考えました。
本記事では、導入に至った経緯と、その背景にある教育観を整理します。
数学教育フェスでKnockを知る
私がKnockを初めて知ったのは、2025年3月22日に東京・日本橋で開催された「第2回数学教育フェス2025」でした。
数学教育フェスは、小倉悠司先生や迫田昂輝先生らが中心となって企画する、数学教育について考えるイベントです。この日は、秋山仁先生や井本陽久先生など、数学教育に携わるさまざまな先生方が登壇されました。その中で、関東学院中学校・高等学校の中村悠人先生のお話を通じて、Knockを知りました。
数学では、解説を読んでも理解できず、そこで学習が止まってしまう生徒がいます。教師がそばにいれば対応できますが、家庭学習や個別演習の場面では、すぐに質問できるとは限りません。そのような場面でAIが手助けしてくれることに、大きな可能性を感じました。
ただしこの時点では、授業への導入までは考えていませんでした。
未来の先生フォーラムで考えた「複線型の学び」
導入を本格的に考えるきっかけとなったのは、2025年7月28日にオンラインで参加した「未来の先生フォーラム2025」です。東京学芸大学の高橋純先生による「ICTを意味ある形で活かす―探究に入る前に必要な学びの基礎づくりと生成AIの可能性―」を聴講しました。
特に印象に残ったのは、AIを効果的に活用すれば複線型の学びを実現できる、という考え方です。
従来の一斉授業では、教師が設定した内容と進度に沿って、全員が同じように学習を進めます。しかし、理解度や習熟度は生徒によって異なります。ある生徒には簡単な問題でも、別の生徒には基本事項に戻る必要があるかもしれません。理解の進んでいる生徒は、より発展的な問題に取り組めます。
全員が同じ問題を、同じ速度で、同じ方法で学ぶ必要はないのではないか。
そう考えると、教師の設定した進度だけでなく、生徒が自分の理解状況に応じて学習を進められる環境を整えることが重要になります。ただ、教師一人で教室の全員に個別対応するのは困難です。AIが生徒の疑問に応じてヒントや解説を示せれば、一斉指導だけでは難しかった学習の個別化を支えられます。
この講演をきっかけに、以前から関心を持っていたKnockを、複線型の学びを支えるツールとして活用できないかと考えるようになりました。
ある勉強会でKnockへの理解を深める
その後、2026年1月に、AIの学校活用をテーマにした勉強会に参加しました。
この勉強会では、Knockの活用事例や開発のコンセプトを伺うとともに、学校でAIを扱う意味について話し合う機会がありました。特に印象に残ったのは、次の2点です。
① これから社会に出ていく生徒に、AIを使わせない理由はない
生徒が生きていく社会では、AIを使うことが前提になっていきます。学校がAIを遠ざけるのではなく、使い方を学ぶ場になることが大切だと考えました。
② 目的を絞ったAIは、学校として説明しやすい
一般の生成AIでは、誤った情報をもっともらしく出力する「ハルシネーション」が心配されています。その点、学習支援という目的に特化した、ある意味で制限されたAIであれば、学校として保護者や関係者に導入の理由を説明しやすくなります。
この2点が、自分の授業でもKnockを試してみようと考える決め手になりました。
自己調整学習とAIチューター
複線型の学びを考えるうえで、もう一つ重要だと感じているのが「自己調整学習」です。複線型の学びと自己調整学習は同じものではありません。複線型の学びによって学習方法や経路の選択肢を広げ、生徒がそれを適切に選び、調整できるようになることを目指したいと考えています。
自己調整学習とは、学習者が自ら目標を設定し、学習状況を把握しながら、必要に応じて学習方法を調整していく学びです。Zimmermanのモデルでは、学習過程を「予見」「遂行」「自己省察」の3段階で捉えます。AIチューターは、このうち特に「遂行」の段階を支援できると考えています。問題が解けないとき、生徒は自分の理解状況に応じて、ヒントを求めたり、基本事項を確認したり、別の説明を求めたりできます。
ただし、AIを使える環境を用意するだけで自己調整学習が実現するわけではありません。AIに解答を求めて写すだけでは、学習の質は上がりません。大切なのは、自分が何を理解していて、何が理解できていないのかを把握し、必要な支援を自ら選べるようになることです。また、AIで問題を解決した後に、自力で解き直したり、学習過程を振り返ったりすることも欠かせません。
高校数学におけるKnockの導入
こうした経緯を経て、2026年10月より、勤務校の高校2年生全員を対象にKnockを導入しました。学校として教材費に計上しています。利用に細かな制限は設けず、授業中の個別演習でも、授業外の学習でも、生徒が必要に応じて使えます。ただし、テストでは使用を禁止しています。使うかどうか、どの場面で使うかは、生徒自身が判断します。
Knockは、Hanji株式会社が提供する中高生向けのAIチューターです。分からない問題を撮影すると、AIが解説を生成します。特徴は、最初に示されるのが答えではなくヒントである点です。解法も段階に分けて提示されるため、生徒は自分で考える余地を残したまま学習を進められます。解説を読んでも分からないときは、何度でも追加で質問できます。数学では、別解や公式・定理の確認、自分の答案の添削にも対応しています。
第4章で述べた「解答を写して終わる」という懸念に対して、ツール側にも設計上の工夫があることが、導入を後押ししました。また、第3章で触れたように、学習支援に目的を絞ったAIであることは、学校として導入を説明するうえでも大きな利点でした。
導入に期待しているのは、次の3点です。
① 生徒が学習を止めずに進められること
解説を読んでも分からないとき、AIに追加の説明を求められれば、学習を続ける支えになります。
② 理解度に応じて学習を進められること
基本事項の確認が必要な生徒もいれば、応用問題に挑戦したい生徒もいます。必要な支援の違いをAIチューターが受け止めることで、複線型の学びを実現しやすくなります。
③ 生徒自身が学習方法を選択できるようになること
最も重視したいのはこの点です。自分の理解状況を把握し、何を使ってどう学ぶかを選べるようになること。そのために、教師がAIの適切な使い方を示し、生徒が学習を振り返る機会を設けます。
今後の実践と検証に向けて
Knockが生徒の学習にどう影響するかは、これから検証します。注目したいのは数学の成績だけではありません。
- 問題につまずいたとき、生徒はどのような行動を取るようになるか
- AIを使うことで、自分の理解状況を把握できるようになるか
- AIに依存せず、自ら考えて学習を進められるようになるか
検証にあたっては、利用ログや生徒へのアンケート、学習の振り返りの記述などをもとに、つまずいたときの行動の変化を見ていきます。
一方で、目的を絞ったAIであっても、誤った説明をする可能性がゼロになるわけではありません。生徒には、AIの説明を鵜呑みにせず、教科書や教師に確認することも伝えていきます。また、生徒が考えずに答えを求めてしまう危険性もあります。導入したからといって、すべての課題が解決するわけではありません。実際の利用状況や生徒の反応を確認しながら、授業の中での位置づけを検討していきます。
おわりに
数学教育フェスでKnockを知り、未来の先生フォーラムで複線型の学びに触れ、ある勉強会で理解を深めました。そして2026年10月、ようやく実際の授業で活用する機会を得ました。
AIの活用によってどこまで複線型の学びを実現できるのか、まだ明確な答えはありません。それでも、生徒が自分の理解状況に応じて学習を進められる環境を整えることには、大きな意義があると考えています。
AIによって教師の役割を置き換えるのではなく、教師だけでは実現が難しかった学習環境をつくること。
その一つの手段として、Knockを活用していきます。今後も、実際の授業での活用方法や生徒の変化を、このブログで紹介していきます。


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